いまさら聞けない会計実務シリーズ【ストック・オプション会計 】
▽ 目次 ▽
1.はじめに
2.ストック・オプションに関する会計基準の概要
3.実務上のポイント

◆1.はじめに◆
日本企業においても、優秀な人材確保の施策の一つとして、役員や従業員などに対して、ストック・オプションを付与するケースが一般化しています。また、とりわけ、十分な資金に恵まれているわけではない場合が多い創業して間もないベンチャー企業において、優秀な人材を確保するための手段として、ストック・オプションを付与するケースがあります。
そこで、以下ではストック・オプションに関する会計基準についての概要をIPO前後で説明した上で、実務上のポイントを示すこととします。
◆2.ストック・オプションに関する会計基準の概要◆
本来であれば、IPO前の状態から説明を始めて、その後にIPO後の状態における説明をすることが多いと思いますが、本稿では、わかりやすさの観点から、IPO後の状態から説明をします。
① IPO後
ストック・オプションに関する会計基準を見るとわかりますが、ストック・オプションに関する会計処理を行う前提として必要となる定義が列挙されていることに気がつきます。定義を正確に理解することは非常に重要なことではありますが、いきなり定義から読み始めても内容が頭に入ってこないかもしれません。概要として説明すると、ストック・オプションに関する会計基準で求められているのは、ストック・オプション付与日における公正な評価額を対象勤務期間にわたり期間按分して費用計上することです。
ここで、公正な評価額とは、公正な評価単価に付与されたストック・オプション数を乗じることで求められることになります。実務的には、公正な評価額は評価額を算定することができる外部の第三者に計算を依頼することになることが多いと思われます(もちろん、自社で計算することも可能です)。そのため、経理担当者がまず第一に実施すべき事項としては、(第三者が計算した結果の妥当性を検証した上で)公正な評価単価に付与されたストック・オプション数を乗じて、公正な評価額を求めることになります。
そして、その公正な評価額を対象勤務期間に応じて期間按分することで費用を認識します。以下で具体例を用いて説明します。
<設例の前提> N社では、2015年6月の株主総会において、従業員80名に対して以下の条件のストック・オプション(以下「SO」という)付与を決議し、同年6月30日に付与した。
ⅰ. SO数: 従業員1名当たり100個(合計 8,000個)、SOの一部行使はできない。 ⅱ. SOの行使により与えられる株式の数:8,000株 ⅲ. SOの行使時の払込金額: 一株当たり45,000円 ⅳ. SOの権利確定日: 2018年3月31日 ⅴ. SOの行使期間: 2018年4月1日から2020年3月31日 ⅵ. 付与日におけるSOの公正な評価単価:8,000円/個
<具体例> まず、付与日における公正な評価額を求めます。「公正な評価額=公正な評価単価×付与されたSO数」ですので、上述した前提をもとにすると、
▼公正な評価額=8,000円/個×8,000個=64,000,000円
と、なります。
次に、当期(2016年3月期)に費用計上する金額を求めます。
当期の費用計上額は、対象勤務期間のうち2016年3月までの期間に属する費用ということになります。そのため、上述した前提をもとにすると、対象勤務期間及び当期に費用計上する金額はそれぞれ、
▼対象勤務期間:2015年6月30日~2018年3月31日まで⇒「33ヶ月」となります。
▼当期費用計上額(2015年7月1日から2016年3月31日:9ヶ月): =公正な評価額のうち当期に帰属する金額 =64,000,000円 × 9ヶ月 / 33ヶ月 = 17,454,545円 と、なります。
なお、会計基準には、条件変更に関する会計処理についての言及もありますが、変更自体の会計処理は上記のストック・オプションに関する会計基準の概要を把握していれば、それほど難しくないため、ここでは詳述せず別稿に譲ることとします。
<IPO後におけるポイント>
●公正な評価単価の計算を外部に依頼する(自社でできる場合は自社で計算する) ●計算された公正な評価単価に付与されたSO数を乗じて公正な評価額を求める。 ●公正な評価額を対象勤務期間に応じて、費用認識する。
② IPO前 IPO前の未公開企業については、SOの公正な評価単価に代え、SOの単位当たりの本源的価値の見積りに基づいて会計処理を行うことができます。ここで、「単位当たりの本源的価値」とは、算定時点においてストック・オプションが権利行使されると仮定した場合の単位当たりの価値であり、当該時点におけるストック・オプションの原資産である自社の株式の評価額と行使価格との差額です。 そうすると、ストック・オプションを付与した時点における自社の株式の評価額に行使価格を一致させること(権利行使価格が株式の評価額を上回っている場合)で、費用認識する必要がなくなることになります。一般に将来IPOを目指す企業においては、できるだけ費用負担を軽減したい誘因が存在します。そのため、そのような誘因のある会社では、権利行使価格を株式の評価額よりも高く設定することで、費用負担を軽減することが可能となります。 著者の感覚では、IPO前の企業の多くは権利行使価格を株式の評価額より高く設定することで、費用計上を行っていないと思います。 また、それほどケースとしては存在しないかもしれませんが、権利行使価格を現在の株式の評価額より低く設定する場合においては、費用計上を行う必要があるため、この場合は、上述したIPO後において記載した「公正な評価単価」を、「単位当たりの本源的価値」と読み替えてこれを適用することになります。 <IPO前におけるポイント> ● 自社の株式の評価額と権利行使価格との差額が費用計上の基礎となり、権利行使価格が株式の評価額より高い場合は費用計上不要であるが、逆の場合、すなわち権利行使価格が株式の評価額より低い場合は費用計上が必要となる。 纏めると、 ● 権利行使価格≧株式の評価額→費用計上不要 ● 権利行使価格<株式の評価額→費用計上必要 と、なります。
◆3.実務上のポイント◆ 実務上留意するべきは、会計よりも、むしろ適時開示に留意する必要があります。適時開示においては、ストック・オプションは、①従来型のもの、②株式報酬型のもの、③有償のもの、と三種類に分類することができ、それぞれにおいて少しずつ開示する内容が異なります。 どのような開示を行うべきかは本稿の趣旨を超えるため、ここでは詳述を避けますが、ここで押さえておくべき点は、開示の時期です。 以下のポイントを押さえておくことで開示のうっかり漏れを回避することができるようになると思います。 なお、具体的な適時開示の実務においては、東証等適切な機関等との擦り合わせの上行うようにしてください。 (1)従業員に対する従来型ストック・オプションの付与に関する開示の時期 1回目の開示 株主総会への付議を決定した時点 2回目の開示 取締役会で付与を決議した時点 3回目の開示 新株予約権の行使価格が決まった時点 (2)役員に対する従来型ストック・オプションの付与に関する開示の時期 1回目の開示 株主総会への付議を決定した時点 2回目の開示 取締役会で付与を決議した時点 3回目の開示 新株予約権の行使価格が決まった時点 ※ 従業員に対するものと変わりはないですが、従業員に対するものの場合は、新株 予約権発行を取締役会へ委任することについて株主総会で承認を受けることに対して、役員に対するものの場合は、役員報酬についての承認を得ることとなる点に留意が必要です。 (3)役員に対する株式報酬型ストック・オプションの付与に関する開示の時期 1回目の開示 株主総会への付議を決定した時点 2回目の開示 取締役会で付与を決議した時点 3回目の開示 新株予約権の払込金額が決まった時点 (4)従業員に対する株式報酬型ストック・オプションの付与に関する開示の時期 1回目の開示 取締役会で付与を決議した時点 2回目の開示 新株予約権の詳細を決定した時点 3回目の開示 新株予約権の払込金額が決まった時点 (5)有償ストック・オプションの付与に関する開示の時期 1回目の開示 取締役会で付与を決議した時点 2回目の開示 新株予約券の個数が決まった時点 ※ 有償ストック・オプションの付与については、新株予約権と引換えに実際に金銭が払い込まれるため、取締役会のみで決定することができます。したがって、開示が必要となるのは、取締役会でストック・オプションの付与を決議した時点と新株予約権の発行内容が確定した時点のみとなります。